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東京地方裁判所 平成5年(ワ)10679号 判決

原告

株式会社ライフ・サービス

被告

株式会社トヨタレンタリース東京

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告は、原告に対し、金一一八万九八七二円及びこれに対する平成四年一二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、レンタカー会社に対し、レンタカーの借主から転借した者が同車を運転中に起こした交通事故による物損(車庫修理費及び二台の車両修理費)の賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  本件交通事故の発生

事故の日時 平成四年一二月九日午後八時二七分ころ

事故の場所 千葉県我孫子市下ケ戸一〇八番地先

加害者 訴外大野一則(以下「大野」という。)

加害車両 被告所有の普通乗用自動車(品川三三わ〇四七九)

被害物件 原告所有の車庫及び同車庫内の車両二台

事故の態様 加害車両が原告所有の車庫に衝突した。

2  加害車両の所有及び利用関係

被告はレンタカーリース業を営む会社であつて、加害車両を所有し、これを訴外伊東壮士(以下「伊東」という。)に賃貸したところ、伊東は大野に同車を転貸した。

なお、被告は伊東に対し加害車両を平成四年一一月一八日午前九時から同月二七日までの九日間の予定で貸し出したが、返還期日後一二日を経過してから本件事故が発生した。

本件の争点

本件の争点は、〈1〉被告が本件事故についての損害賠償義務を負うかどうか、〈2〉右が肯定される場合について、損害賠償の額である。

このうち争点〈1〉についての当事者の主張は次のとおりである。

1  原告

被告は、走る凶器となる自動車を不特定多数の者に賃貸して営利を受ける企業であることから、レンタカーを賃貸するに当たつては、賃借人の素性を調査し、また、レンタカーの適切な管理をすべきであるところ、伊東は一見してやくざ風であり、また、賃貸の紹介を受けた修理工場からは、偽名を用いる等の注意人物であるとの忠告を受けたにもかかわらず、住所・職業等が不明の伊東に加害車両を賃貸し、かつ、返還期日後一二日間も回収を怠り、その間警察へ届け出る等の事故防止を講じなかつたため、伊東がやくざ者の大野に加害車両を転貸し、大野が本件事故を引き起こしたのであり、被告は本件事故について責任がある。

被告は、レンタカーの事故により第三者に損害を与えた場合に備え、人身事故のみならず物的損害についても保険に加入等の措置を講じているはずであり、危険責任主義、報償責任主義及び原因責任主義の観点からも、被告は本件事故に責任を負うべきである。

2  被告

被告は、平成四年一一月一八日、伊東に対し加害車両を貸し渡す際に、同人との間で自動車貸渡契約書を作成し、また、運転免許証の呈示を受け、同人の本籍、住所、勤務先、免許証の内容を確認しているのであり、貸し渡しにあたり何らの落ち度もない。

本件事故は大野の過失によつて生じたものであるが、被告は、貸渡契約によりレンタカーの転貸を禁じており、右大野の運転を容認していたものではない。また、加害車両の返還期日の徒過は、伊東の義務違反によるものであり、さらに返還期日の徒過と大野の運転には因果関係を欠く。

このように、被告は、大野の運転及び本件事故の惹起に原因を与えていない。

第三争点に対する判断

一  甲第二、第七号証及び前示争いのない事実に弁論の全趣旨を総合すると、被告は、修理工場である訴外東京トヨペツト渋谷営業所(以下「東京トヨペツト」という。)の紹介に基づき、伊東に対し、事故による代車としての利用目的で、加害車両を平成四年一一月一八日午前九時から同月二七日までの九日間の予定で賃貸したこと、右賃貸にあたり、被告の担当者は、伊東の勤務先、本籍地、現住所を確認するとともに、同人に免許証の呈示を求め、同人が平成七年三月七日まで有効の第一種普通自動車運転免許を有していることを確認したことが認められる。甲第七号証(売上票)中の借受人署名欄には、「和泉」なる署名がされていて伊東の署名がなく、かつ、同書証によれば被告は同月一八日から同月二三日までのレンタカー料金を東京トヨペツトに請求していることが認められるが、これらはいずれも事故による代車を斡旋した東京トヨペツトがレンタカー料金を一時的に立替払したことによるものと推認され、右認定の妨げにはならない。

ところで、一般に、レンタカー業者が旅行代理店やデイーラーからの紹介等に基づきレンタカーを賃貸するにあたつては、レンタカー業者において申込人の過去の交通事故歴やその挙動から申込人が自動車運転をする適性を欠くことを十分に窺うことができる場合はさておき、初回の申込人等そのような事情のない申込人に対してレンタカーを賃貸する場合には、申込人が賃借するレンタカーを運転するために必要な、かつ、返却予定期間まで有効な自動車運転免許を有していることを確認すれば、レンタカーによる事故防止の注意義務を尽くしたということができるものというべきである。申込人が有効な自動車運転免許を有していれば、同人が交通法規を知り、運転技術を有していることが推定される上に、レンタカー業者に対して申込人の交通事故歴や性癖等に関する調査を要求することは相当でないからである。

これを本件についてみると、前認定のとおり、被告の担当者は、伊東に運転免許証の呈示を求め、同人が平成七年三月七日まで有効の第一種普通自動車運転免許を有していることを確認しているのであつて、被告は、レンタカー業者としての注意義務を果たしたものというべきである。原告は、被告の担当者が東京トヨペツトの担当者から伊東が要注意人物であるとの忠告を受けたと主張するがこれを認めるに足りる証拠はない。また、原告は、伊東が一見してやくざ風であつたから、被告は伊東に加害車両を賃貸すべきでなかつたと主張するが、レンタカーの申込人がやくざ風であつたとしても、そのことから直ちに同人が自動車運転をする適性を欠くことが十分に窺われるということができないから、原告の右主張は失当である。

二  次に、原告は、返還期日後一二日間も回収を怠り、その間警察へ届け出る等の事故防止を講じなかつたため、伊東がやくざ者の大野に加害車両を転貸し、大野が本件事故を引き起こしたと主張する。しかし、仮に、被告が返還期日後直ちに加害車両を回収しなかつたとしても(なお、原告は、平成五年九月二八日付け準備書面(三)において、伊東の紹介者である東京トヨペツトの担当者が貸出期日を過ぎてから伊東の勤務先に何度か電話で返還を催促したが成功しなかつたことを認めている。)、加害車両の返還期日の徒過は、伊東の義務違反によるものであり、また、賃借物の無断転貸は禁じられているにもかかわらず(民法六一二条参照)、伊東が大野に加害車両を転貸したのであつて、返還期日の徒過と大野の過失による本件事故の発生との間には相当因果関係を欠くものというべきである。さらに、伊東が一見してやくざ風であつたとしても、被告担当者において同人が返還期日を徒過したり、加害車両を第三者に無断転貸することを予測し得たということができない。

三  原告は、被告がレンタカーの事故により生じる物的損害について保険に加入等の措置を講じていることを根拠に、被告が本件事故について損害賠償義務を負うべきであると主張する。本件全証拠によるも、被告が物的損害についていかなる損害賠償保険に加入しているかどうかは明らかではないが、仮に、被告が原告主張の損害を填補するに足りる損害賠償保険に加入しているとしても、損害賠償保険はその被保険者が損害賠償義務を負う場合に被保険者の右義務による損害を填補するものであつて、保険金の支払いは被保険者の損害賠償義務の存在を前提とするところ、被告の損害賠償保険の加入という事実を理由に被告が損害賠償義務を負うことはないから、原告の右主張は失当である(仮に、伊東又は大野が原告に対して本件事故について損害賠償義務を負い、かつ、被告加入の損害賠償保険契約上の被保険者に該当するときは、原告は、突極的に右保険を利用し得ることとなるが、このことを理由に被告が損害賠償義務を負うことにもならない。)。

第四結論

以上の次第であるから、その余の点を判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当である

(裁判官 南敏文)

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